星を見たねずみ女房

 放大大学院の「臨床心理学特論」放送授業は
回を重ねて中盤を迎えたところだが、このところ
なかなか面白い講義が続いている。先日は
「ライフサイクル論─成人期」のところで、担当の
滝口俊子教授が、ルーマー・ゴッテンという人が
書いた「ねずみ女房」という児童書の話をした。
 これが、何か不思議に印象に残るお話だった。
テキストには書かれていないし、メモをとった
わけでもないので、細かいところは定かではない
のだが、思い出せる範囲で紹介してみようと思う。
 ある金持ちの屋敷にねずみの夫婦が住んでいて
普通のねずみと同じように平凡に暮らしていた。
女房ねずみは、他のめすねずみとみかけも仕事も
変わらず、毎日忙しく家事や雑事に追われていた。
 だがこの女房ねずみには、他のねずみとちょっと
違うところがあった。住んでいる家の中が全世界と
思っても、窓辺に登って外の景色を垣間見ては、
「何かが欲しい」という思いに駆られる。
“めすねずみには、何がほしいのかわかりませんでした。
でも、まだいまもっていない、何かがほしかったのです”

 夫ねずみは女房ねずみに言う。
「これ以上何が欲しいというんだね?俺はいつも
チーズのことを考えてる。どうしてお前もチーズの
ことを考えないんだ?」
 そんなある日、そのお金持ちの家に立派な鳥かごに
入れられた1羽のハトがやってくる。鳥かごには金色の
お皿が備えられていて、おいしそうな沢山の食べ物が
盛られている。でもハトは口をつけようとしない。
女房ねずみは毎日ハトのところに食べ物を拾いに行く。
そしてハトから窓の外の世界の話をきかせてもらう。
ハトは羽を広げて飛ぼうとするが、羽は鳥かごにつかえて
広げられない。ハトは胸に顔をうずめて沈み込む。
何も食べないハトは段々にやつれていく。
 赤ん坊が生まれたりしていっそう忙しくなった
女房ねずみは、しばらくハトの元に行くことが
できなかった。久しぶりに訪れると、ハトはたいそう
弱っていて、「お前さんはもう来ないのかと思ったよ」と
細々とした声で言った。「私だって毎日忙しいんです
からね。そうそうあんたのことばかりにかまけちゃ
いられないのよ」と女房ねずみは言い返したが、
ハトのあまりの弱りように心を痛めた。
 女房ねずみはその夜長いことハトと一緒にいて、
その後、自分の身体を鳥かごの掛け金に思い切り
打ちつけて外すと、扉を開けてハトを逃がした。
ハトは大空へ向かって飛び立ち、女房ねずみは
涙とともにそれを見送った。そして彼女はハトの
飛んで行く空の向こうに美しく光り輝く星を見た。
ハトを失ったみかえりに、彼女は生まれて始めて
窓の外の大空に燦然と輝く星を見たのである。
 「何かを得るためには、何かを失わなければ
ならないのですね…」と教授はここで言い、続けて
この話の終わりの文章を読み上げた。
“この女房ねずみは、年をとっても他のねずみと
ちょっと違うと思われるところがありました。
それは彼女が夜空に輝く星を知っているからなのです。”

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