現実と情熱のあいだ

 秋の風も爽やかな先週末、私ははるばる奥多摩方面まで
出かけました。新宿から乗った電車も“ホリディー快速奥多摩3号”
早朝の車内はハイキングに出かけるらしい家族連れなどの姿も
ちらほら。
 このまま奥多摩まで行っちゃいたいような気分を払いのけ、
途中から乗ってきた男Nとともに降り立ったのは福生駅。
今月から3ヶ月間に渡って行われる、東京都の「ひきこもり等の
若年者支援プログラム」による「第1回訪問支援員養成講座」の
今日は初日。会場はこの事業を都から受託しているNPO法人
「青少年自立援助センター(YSC)」です。
 このNPOは、ひきこもりの若者達が生活する寮を持つことで
有名で、「タメ塾」という名でも広く知られています。理事長の
工藤定次氏は、厚労省などとのパイプも太く、政府が行う
若者支援策の殆どにこの工藤氏が関与しているようです。
 私の身近にも、この塾に入ってめざましい成果をあげた例
があり、しかし一部には、、戸塚ヨットスクールばりに「軍隊
のようなスパルタで若者を締め上げている」といった批判の
声も聞かれるなか、是非この目で真相を確かめたいと思って
いたところに舞い込んできた、まさに「渡りに船」の案内状。
おまけに講座料は都の補助でただ同然、終了すれば都からの
お墨付きまで貰えるらしい。手続きは些か面倒だけれど、
これはやらない手はない、というので申し込んだというわけです。
 講座のカリキュラムには、2泊3日の寮生活体験宿泊が
あるので、男Nは少なからずビビッていたようだけれど、講座
の最初に挨拶した工藤理事長にいたく気に入られたみたいで、
最後は専ら男Nとのマンツーマンの問答みたいになっていました。
 理事長曰く、「君、緊張してるでしょ?訪問支援というのは、
相手の城で勝負するようなものだから、空気のようにふわっと
入り込まなきゃだめ。緊張してちゃだめ。それには専門技術
より何より人間の幅がものをいう。同じことを言うのでも相手を
ふっと和ませる言い方ができるかが大事。そういうものを持つ
ためにはね、遊ばなきゃだめ。君遊んでないでしょ?今度僕が
教えてやるよ!」といった具合。壇上から身体の向きまで変えて
他の受講生を無視し、男Nだけに向かって熱心におっしゃる、
そのココロは?やっぱり気に入られたんだよね~!
 というわけで、工藤理事長は思ったとおりエネルギッシュな
方ではありましたが、鬼軍曹のようには見えませんでした。
むしろ往年の不良少年といった面持ち。「ひきこもりの若者は
出てこられないんだから、それならこっちから行くっきゃない」と、
「訪問支援」の理論も単純明快です。
 受講生の自己紹介の後、最初の講義はこのセンターの支援員
小林勇氏による「YSCの訪問支援」。それによると訪問が本人に
知らされていないことも多く、まず対象者と会うまでが一苦労との
こと。「どこかへ無理に連れて行かれる」と誤解して部屋に閉じこもったり、
訪問員が来ること自体がストレスになって家族に当たったりすることも
あり、そのために家族が怪我をしたり、精神疾患を発症したりする事態
になったこともあるといいます。
 次に行われた同センター支援員石井正宏氏による「生活保護受給家庭
訪問支援」になると、もっとすざまじい。レジュメには様々な事例が列挙されて
いるのですが、そのあちこちに踊るDVの文字。「不労」の連鎖。親の非協力。
障害や精神疾患も多い。その悪状況に巻き込まれている子どもを一人でも
多く立ち直らせるのが支援員の使命。されどタッグを組む頼みのケースワーカー
は、公務員になってたまたま福祉事務所に配属されただけだから、その多くが
お役所仕事的な意識しかない。長くても4年の勤務。役所ではこれを陰で
「4年の懲役」と呼んでいるそうな。
 極めつけは最後に講義を担当した佐賀のNPO法人「ステューデント・
サポート・フェイス」の代表理事谷口仁史氏により発表された支援事例の
数々。氏のNPOが支援している対象者は殆どが10代の思春期にあたる
若者たち。表面に出てきているひきこもりの理由の陰に、周囲の大人の
信じがたい無理解や酷い虐待まで、様々な根深い要因があることが多く、
彼らの心を開かせることがとても難しいものばかりです。谷口氏は入念に
周辺からの情報収集をして、その子の好きなことを関係構築の突破口に
していると言います。ゲームを習得して一緒にやったり、夜釣りに夜明けまで
つき合ったり、マニアックなバンドの音楽を事前に聞いて話したり、といった
具合。1976年生まれの32才。「若いからもつのよね~」と言いたくなるほど
のハードな仕事ぶりです。
 一日の受講を終えて、ため息をつくしかないような内容の連続でしたが、
「環境介入」を標榜する我がNPOとの理念の共通点はかなりあるように
感じました。私もカウンセラーながら、生活保護の申請や病院に同行したり、
一緒に飲食をしたり、随分はみ出したことをやっています。だから彼らの
言葉の端々に「カウンセラーなんぞ現場では何の役にも立たない」という
ニュアンスがあることにも納得できます。青島刑事の言う如く、まさに
「事件は現場で起きている」のですから。
 それでも私には、どこかに、微かに感じる違和感がありました。それは
講義をなさった支援員の方々の途方もない情熱と使命感に対して感じる
ものだと思います。「訪問支援」という方法は当人の依頼がない場合が多く、
それも全く枠のない状況下で行われるのですから、双方にとってのリスクは
相当なものです。そこをカバーする熱意は誰でもが持てるものではありま
せん。
 それに「熱意」とか「使命感」というのは、真っ直ぐに目標に向かうという
イメージがあります。余りの明快さや屈折のなさは清清しい反面、複雑で
陰影のあるものを排除してしまうという性質があります。そこに拘泥する
ことは、有効な「行動」を妨げてしまうからです。私にはどうしても明快な
目標の元に真っ直ぐに進んでいくということができない部分があります。
「ケースワーカーの鑑」とも言うべき講師陣に対し、「あの情熱の陰に何が
隠れているのだろう」と疑問を持ってしまうのも、その性癖のなせる業です。
現実的なケースワークの有効性を十分に認めながら、そして片足はいつも
そちらにはみ出しながら、軸足が決して動かないのはそのせいなのだと
改めて分かりました。
 それでもとにかくまだ始まったばかりの研修で、これから2泊3日の
体験合宿、訪問支援実習、そしてまとめの講義と、とびとびにでは
ありますが、12月までスケジュールは続きます。それらを全てやり終えた
時点で自分が何を感じるか、再度検証してみるつもりです。
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