「灼熱の絵」

エエ~ッ。何で~?
予想に反して映っているのは、ごく普通の白髪のお婆さんだ。
自宅付近の畑を散策しながらインタビューに答えている風情。
N響録画の筈が・・。午前と午後のタイマーを間違えガックリ。
ところが次の瞬間、黒と赤が入り混じって、一瞬血管を思わせ
る様な「樹」の絵画に惹き付けられた。
白髪のお婆さんは、女流画家の先駆者とも言われる「桜井浜江」だった。
一度観たら、目に焼く付く程に豪快で大胆。尚且つ繊細。
日本に、こんなに凄い絵を描く女性がいたなんて知らなかった。
しかも、去年の2月、99歳を目前に亡くなっていたなんて残念。
もう少し早くに知って、画展に足を運んでいたら・・逢えたかも。
「地の底から湧きあがる力~灼熱の画家・桜井浜江~」は、今週放映の
新日曜美術館のタイトルだった。まさに「灼熱の画家」はピッタリだ。
自分の内面から湧き上がる思い。言葉に言い尽くせない灼熱の思い・・。
1908年山形市生まれ。思うように歩めない窮屈な「男社会」に対する怒り
や挑戦の思い、生に対する凄絶な探究心なのだろうか・・?
マグマを噴出する富士を描いた「富嶽」の他に「壺」「花」「人物」「樹」
「崖」など多数あるうち、何点か紹介されていった。
どれも色の使い方は鮮やかで、赤と黒の対比は命のほとばしりを感じながらも
孤独、陰り、痛々しさが伝わってくる。
血管と心臓の鼓動や脈動を感じさせる「樹」の描写は外科的な血ナマ臭い赤と
いうよりは血を流しながらも生への渇望と存在自体の在り方を表現しているよ
うに思える。
何故、こんなに観るものの心を捉えたまま離さないでいられるのだろうか?
何故、自分がこんなに惹きつけられるのだろうか?
それは、「桜井浜江」の生きざまに対する思いなのだろう。
生涯を通して、自分のたどり着く宛てもないまま、ただひたすら描く。
描いても、描いても、上手く描けず満足しなかったという。
描く事で思いを昇華させていく事への手ごたえを感じながらも、描き
きれない程のたぎる思いがあったのだろう。
それでも70歳位の絵を境に絵の描写が明らかに違い明るいイメージに転じて
いる。人は手探りでも自分の道を必死で生きていれば、ある日突然、視界が開
けるのだろうか・・そんな思いが脳裏に浮かぶ。
「桜井浜江」は作家と結婚し、7年目に離婚しているが、夫の友人に太宰治が
いて、太宰治の書いた「響応夫人」のモデルが「桜井浜江」だと知った。
桜井浜江は「90歳の自分は明日ポックリ往ってもおかしくない・・いつでも満足
いく絵は描けない・・一生描けないだろう・・だから最後の日まで描くしかない。
それは誰の為でもなく自分の為でもない・・ただ画家だからだ・・生きる為だ。」
と言っている。
絶筆の「富嶽」は未完成だというが、どこが未完成なのだろうか?
桜井浜江の「いつでも満足いく絵は描けない・・。」という言葉を思い浮かべて
みると、死んだ後も異次元の世界で「富嶽」に手を加えているのかもしれない。
「富嶽」が未完成だというところに桜井浜江の凄さを感じた。
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