20年の歳月とラケット感情

約20年間、引きずった古傷にピリオッドを打った。
先々週のブログにも書いたラケット感情。
そして、そのブログを書いた週の日曜日の朝、徐に自分の感情の動き
を夫の見つめる視線を受けながら話し始めた。
20年の歳月は、自分の感情を客観的に捉えながら相手に伝えるに、十分
の歳月だった。そして、子育てが一段落し、子供達が社会人になった今、
辛かった日々が過去に変わり、生活や感情に余裕を持って向かえる様に
も成った。その事は、この上ない幸せであると感じている。
約20年前、夫が家出した。
約半年の家出だった。
その理由は色々ある。一つは私の仕事が激務で家族を思いやる余裕が無
かった事で、それが最大の理由だと思っている。
そして夫側の理由としては、会社立ち上げで家族のゴタゴタに思い煩う
日々に根を上げたと言うのが本音だろうか?
当時、無言の圧力が私に向けられた。
しかし、夫が家出と言う行動に出るまで、私は無視し続けた。
その無言の圧力とは、私が仕事を辞め、専業主婦になる事だった。
成りたくて技師になった自分が家族の為に仕事を辞めるなんて考えられ
なかった。しかし現実は厳しく、夫も私も日々の生活にクタクタ。
当初、夫の家出は、私にとっては有るまじき行為だった。
その思いは半年もの間、怒りとなって続いた。
しかし長女が小学校入学するに先立ち、私が夫に謝罪し、仕事を辞める
という事で、表面上の問題は解決した。
私の中に一つの「見捨てられ不安」がシコリとなって残った。
物事に熱中し過ぎて家族の事から目を反らすと夫に「見捨てられる」。
それでも他の人から観たら十分に伸び伸びと過ごしていたに違いない。
しかし自分の中の感情は自分にしか本当のところは分からないものだ。
そんな、自分の感情の「見捨てられ不安」を夫に話した。
夫は懐かしそうな表情で過去を振り返りながら、笑って言った。
「自分のやりたい事を自分の責任で、懸命にやる姿は美しいものだよ。
家族の事は気にしなくてもいいよ。各自で何とかするんだから。」
「えっ?!毎日、すれ違いの日々が続いて、夕食も作らない日々が続い
てもいいの?」と畳み込む私の質問に、「全く問題は、無い。」と、夫。
いや~。驚いた!!
かくして、一つのラケット感情に決別した。
しかし、目の前の霧が晴れた気がしたのは先週一週間だけ。
いざ、好きな事をしてもいいと・・許可を貰っても自分の責任で何処まで、
出来、何処まで、やればいいのか?失敗は今さら、したくはないし・・・。
取りあえず、明日の事だけを考えようか・・・。
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