その人の杖

 いや~、なかなか衝撃的な講演でした。
「聖蹟桜ヶ丘」なんて東京のはずれの、余りなじみのない
ところで、しかも大学との共催とはいえ、公民館が開催する
講座でこんな聴き応えのある講演に出くわすなんて感激です。
オフにの時間をつぶしてまではるばる出かけて行った甲斐が
あるというものです。いや、恐れ入りました。
 その講座とは、先週のブログ(こちら)で書いた山口絵理子さんの
講演会。一週間たった今でもジワリと感動が湧いてくるようです。
 彼女のことは、2年ほど前「日経マガジン」の特集記事で
知りました。弱冠26歳の若い女性が、「お仕着せの援助や、
言葉ばかりのフェアトレードではなく、消費者が本当に欲しいと
思うような商品をつくりたい」という思いだけを胸に、単身
バングラディシュに渡り、現地の特産である「ジュート」という
素材を見つけて「これでバッグをつくろう!」と決心し、
何度も危機と裏切りに見舞われて挫けそうになりながらも、
信じられないほどの精神力で再起を果たすその過程が書かれていて、
とても興味を引かれました。機会があれば是非話を聴いてみたいと
思っていたので、たまたまメールで講座のお知らせが来たときには、
即座に申し込みをしました。
 生で見る彼女は、とりわけエキセントリックな感じもなく、
ごく普通の「丸の内美人OL」といった風情の方でした。
喋り方も少し早口ではあるけれど、それ程エネルギッシュではなく、
淡々とした語り口でしたが、その内容たるや波乱万丈、有為転変、
思わず引き込まれて聴き入ってしまいました。
 「何でバングラディッシュなんかに行くの?」とか、「そんな事業は
絶対成り立たないよ」とか、否定的な言葉をゴマンと浴びながら、
「それでもやる!」と決意するだけでも大変だろうに、いざ行ってみれば
日本よりも遥かに貧しく、文化も規範も全く違う環境に立ち往生ばかりの
毎日。必死に工面してやっと見つけたのに、外出禁止令で足止めされ、
電話で指示を送りながら一週間後に行ってみたらもぬけの殻になって
いた工場。人もデザインも材料も何もかも消えてしまって、へなへなと
その場に座り込んでしまったといいます。それから何日も動けない日が
続くのですが、それでも彼女は立ち上がります。「二度とこんな目に
遭わないために自社工場をつくろう!」。そうして彼女はまた歩き始めます。
 「普通ならとっくに放り出しているようなことを、日本の若い女性が
一人で奮闘してやっている」ことに心を動かされた現地の実業人が
パートナーになることを申し出てくれて、事態は好転します。現在は
日本に何店舗も「マザーハウス」というバッグ店を開店し、その活動は
テレビが紹介するほどに注目されています。
 今彼女は「世界で二番目に貧しい国」に挑戦中だそうです。
(因みに世界最貧国がバングラディシュです)。その国はネパールですが、
そこでも彼女はかなりの苦戦を強いられているようで、その状況を説明
しながら思わず涙で声を詰まらせる場面もありました。
 講演のあと会場からの質問に答える時間が設けてありました。
あらかじめ質問用紙が配られていたので、私は「山口さんがそこまで
行動できる原動力は何でしょうか?」という質問をしました。同じような
質問が複数あったようで、彼女が答えてくれたのですが、ちょっと意外
だったのは、まず出てきたのが「正直なところ、止まるのが怖いのです」
という言葉だったことです。「止まったらもう動けない」そんな思いが
また彼女を立ち上がらせる、しかしその思いこそが彼女の原点である
「何が何でも私はやるのだ」という決意につながっているのでしょう。
 その決意には、何か「信仰」のようなものを感じます。
打ちひしがれたとき立ち上がるためには、どうしてもすがる杖が
必要なのだと思います。くしくも店名の「マザーハウス」というのは、
「マザーテレサ」からとって名づけたのだそうです。マザーテレサの
強靭な精神を支えたものが「キリスト教」という信仰であることは
確かですが、「信仰」とは、「~教」と呼ばれるようなものばかり
とは限りません。その人を支える「心の杖」となるものは、その
強度が増すほど「信仰」と呼ぶにふさわしいものとなるのでしょう。
そしてその杖は、数々の苦難に打ち克つごとに太く頑丈になっていく、
彼女の話を聴きながら、そんなイメージが浮かびました。
 彼女ほどではないにしても、自分が何かを背負って歩いていれば、
挫けそうになるときや放り出してしまいたくなるときが幾度となく
あるものです。そんなときに私を支えてきた、そして今もきっと
私を支え続けている私の心の杖は、果たしてどれ程の強さがあるの
だろうか、と改めて我が身を振返ってしまいました。「結構頑丈
そうに見えるけど、意外と脆かったのね…」なんてことにならない
ように、精々鍛えておかなくてはね。

blogranking.gif

ブログランキング・にほんブログ村へ
↑ブログを読んだらクリックしてね!

カテゴリー

投稿の月