喫煙問題

私の父親は自分の機嫌まで母親や私の弟のせいにして暴力をふるう人です。
そして、私の母は自分の存在価値と依存のために暴力を見て見ぬ振りをした人です。
前にブログに書いたのですが、私が禁煙を始めると同時に禁煙なんかしてたまるか!
と心も体も抵抗してきます。
その抵抗する物はなんなのか解りました。
私がタバコを吸い続けるのは親への反抗心と復讐心からでした。
私は一歳半年の時から小児喘息にかかり、年に何回かは病院にかつぎ込まれ入院するような状態でした。
小学校の頃は体質改善のため週に一回小児病院に注射をしていました。
とても大きな小児病院のため、母親が朝五時に並び診察券を出し
一度、家に帰ってきて診察時間に私を連れてもう一度病院に行き
遅れて学校に行くという生活を何年も続けました。
小児喘息は精神的なモノが原因になったいる事が多いという医者の言葉が両親にとって
都合が悪いため、事実を捻じ曲げ、私には心が弱いからそんな病気になるんだと言い続けた。
私の病気は両親特に母親にとって役にたった。。
家の中でどんなに酷い事が起きていようと、外では子供の病気を献身的に治そうと努力する
優しく一生懸命な母親でいられるから。
私が発作を起こすと父親はあからさまに嫌な表情になり、私のゼーゼーする呼吸の音が
うるさくて眠れないと怒り、過酷な治療は夜中でもなんでも行われた。
当時の治療法はお湯またはお茶を大量に飲み続け嘔吐して気管を少しずつ開いていくという物だった。
私は発作に加え家族には見て見ぬふりをされ、電気まで消された部屋でお湯を飲みつづけた
何回か嘔吐し少し呼吸がラクになった頃にはもう疲れ果てていて嘔吐物をトイレに処理し
そのままトイレで寝てしまう事がよくあった。
その当時の家はとても狭く私にとってトイレが少しの時間、鍵がかかる一番安心できる場所だった。
父親は弱い子供は鍛えなければと暴力暴言を正当化する理由が出来た。
私は病気になってでも親に大切にされたかった。
でも、そんな想いは虚しくも踏みにじられ、両親にとって使える子供になってしまった。
私も成長して、なんとなくそれが見え始めたのと、両親からの虐待がエスカレートしていった事に
対して、今度私は強くならなければ生きていけないと思うようになった。
父に殴られても、泣いたら父が喜ぶだけだと武器を持って戦うようになった。
その頃私は毎日父親を殺す夢をみている状態でした。
そんな憎むべき両親なのに、今私は同じ事をしている。
私の息子はアレルギー持ちで気管が弱いのにタバコをやめられないでいる。
本当に息子の体を思えばアレルギーの薬をもらいに行くよりも
タバコをやめて家の空気をきれいにする事のほうがよっぽど有効なのに。
私は愕然とした。
そして、激しい自己嫌悪とやりきれない気持ちに襲われた。
そのあと何も考えられない状態になり、悲しみが心に突き刺さるような感覚があった。
両親の呪縛がどこまで私を支配しているのだろうか。
結局、使える子供も反抗的な私も表現の仕方が変わっただけで
両親からの呪縛の産物はしっかりと私に刷り込まれていた。
本当に親に復讐をしたいのなら、私が自殺することが一番の復讐になるだろう。
でも、今、私には大切な家族がいる。
私たちの為に一生懸命に働いてくれる夫、私たちの子供に産まれてきてくれた息子。
夫、息子の存在自体が私にとって安心して幸せに生きていける素になっています。
この喫煙問題から殻がやぶけて、強い衝動のような感情が何度もつきあげて
自分の中の子供も全身に刺がはえてるようで、抱きしめるのが痛くてしょうがない。
でも、私は復讐する事よりも、子供の刺を痛みに対応しながら一本づつ抜き治療して
自分の中の子供が動けるようになったら、一緒に外に出ていきたいと思います。
ではねまた、来週!!
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