「後悔しない死の実現プロジェクト」発進!

 前置き。
今F子さんから借りた新井素子の小説を読んでいるので、
今日のブログは新井風に書いてみる。では。
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 それは。
当ブログではもう何回も登場しお馴染みとなった、
自称「荒らし」、かつ男Nの「友人」を名乗る、かの
T社長の直感から始まった。私の3.16のブログ、並びに
5.04のブログに対する彼のコメントにその端緒はある。
T社長のなかで何かがひらめいたのだ、きっと。
 そこで。
今月の初めにT社長と私はランチを共にした。
「友人」の男Nも同席して社長とかなり長時間話しをした。
その結果、社長の考えていることの概要と、そのなかで
どんなことを私に求めているのかということのおおよその
ところは理解をした。
 つまり。
社長は現在携わっている介護事業へのユニークな
将来的ヴィジョンを持っており、そのヴィジョンの一環として
「後悔しない死に至るための具体的な心理的手法」を
システム化して採り入れたい、と思っている。その手法と
システムの考案を私に依頼したい、とざっとまあこんなこと
なのだった。
 なんと。
大雑把な依頼だと最初は思った。
これじゃT社長が自分でも言うとおり「丸投げ」だ。
だが3人で話すうち何となくイメージが湧いてきた。
はっきりした根拠はないが、何だかできそうな気がしてきた。
課題が難しいほど燃える私の特性に火がついた。
約束した期限は2週間。
何としてでもやってみせるぞ!
 それから。
寝ても覚めても「後悔しない死」が私の身内を駆け巡り、
私のこれまで積み上げてきた知識と体験を総動員して
アイディアを煮詰め、形にする作業に没頭する日々が
続いている。昨日が期限までのちょうどなか日。
T社長に中間報告をしたところである。
 そして。
来週には下案を仕上げてT社長と職員さんたちに
プレゼンテーションをする予定となった。
もしかしたらこの仕事、現在の私の集大成となるやもしれぬ。
そんな予感までしてくる今日この頃なのである。
 ちなみに。
私自身は、死に際に後悔するのもまたおつなもの、と
思っている。ただしこの心境はT社長の理解の外らしい。
私としては「後悔する私」を含めて私として受け入れる、
ということを言いたかったのだけれど、どうもうまく
伝わらなかったみたいだ。
 だけど。
畢竟後悔するもしないも、死に際に丸ごと自分を受け入れる
ことができればそれでいいのだ、というところでは一致する。
最終的な到達地点には差異はないのである。
而して「後悔しない死に至る道筋づくり」の下案作成は、
只今快進中なのである。
 
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