地下鉄に乗ったときの出来事。
やってきた電車は空いていて、
私は景色見たさに先頭車両の運転席に通じるガラス扉越しに立った。
一駅過ぎたところで、ほんわかした中年らしき男性が乗ってきた。
「この電車に乗れば、待ち合わせ時間に間に合うな」
その男性はいかにも周りに聞こえる独り言を発した。
なにかある人かなと私は思い、電車は走り出した。
地下をすすむ車内のドアガラスには私と男性が並んで映り、
いつしか男性も電車が進む景色を見て声をあげていた。
「あ、ここから外が見えるんだ」
「あの電車は速いなぁ」
鬱陶しい気分になった。
静かに景色を見たい、独り占めできないじゃないか。
同時に、子どもじみた意地悪な気持ちを持つ私に苛立った。
そんな気持ちを抱えながら、電車は終着駅に近づいた。
線路はうねうねとしたポイントがあり、
トンネル内にはいくつもの信号機が点灯していた。
するとその男性は、
「うわぁ、きれいだなぁ。宝石みたいだ。」
ドキッとした。
ブルー、イエロー、レッドと信号機の基本色が、
暗闇で散らばるように点灯、点滅していた。
うん、きれいだ。
駅に着いてドアが開くと「景色がみれてよかった」と、
男性は足早に降りていった。
電車内で独り言を言っていると、独特の雰囲気になる。
それはマナーや公然という名の下で、見るほうは奇異に見てしまう。
じゃあそれができるのかといえば、恥ずかしい、言うのが怖いを言い訳にやらない。
なのに電車内での独り言が増えていけば、それが平気でいられる。
いかに周囲基準で自身の感情や感覚が作られているのか、気づかされるひと時だった。