駆けめぐる生瞬

この一年は、ずいぶん「駆けた」という気持ちだ。
皆同じように与えられたというのか、認識する時の感覚の中、
自分は駆けていった。
出来事にはドライバー要素も、神経症要素も、人生脚本要素も色々あった。
走るとかがむしゃらとは違う、ただ駆けていく感じ。
駆けていく前に憚る障害に、どうしようとか結果を考える前に、自分の体感だけを信じて。
体感はおよそ非言語なものが多く、言葉にすると別物になる。
そんなまどろっこしさに、苛立つこともあり、言語にできない自分を値引いたり。
でも、体は感じる。
会話上の裏にある裏面的なもの、
自分に引き寄せすぎるがゆえの転移。
感じる自分は、それが自分の課題でもあり、本質でもあり。
駆けていくほどに、感じるほどに疲れはある。
でも疲れは、その自分の限界を知らせるより、今の力がそうなんだと
思うことにある。だとすれば、乗り越えられるものだ。
自分はどう駆けたいのか、
本当に駆けたいのか…
さて、来年は「すすんで」いくのか
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