因果なお仕事

 もう大分前のケースになりますが、30代くらいの女性が、
「上司とうまくいかない」というご相談に見えたことがあります。
その方は某公共施設に勤務する職員さんでしたが、上司は
辣腕ぶりを買われて最近民間会社から移ってきたという
年上の女性で、赴任当初から彼女のことを「無視する」と
言うのです。
 朝挨拶をしても知らん顔をされる、担当の仕事からは
いつの間にかはずされ、ミーティングの時間も知らせて
もらえない、ことさら彼女にだけ細かなミスをあげつらって、
皆のいるところで声高に叱責する、他の人が嫌がるような
面倒な仕事をわざと彼女に振ってくる、などなど、これでもか
といわんばかりの上司の意地悪ぶりが延々と話されました。
 彼女の語り口は一方的で、上司に対する非難のタネは、
「ろくな大学を出ていない」、「母子家庭で育ったらしい」、
「水商売上がりだという噂もある」というようなことから、
服装や化粧にまで及び、聴いている私の方がうんざりして
くるようでした。そして、いつの間にかその上司の気持ちに
なって彼女を見ている自分に気づきました。
「こんな部下だったら無視もしたくなるなあ・・・」と。
 こういう風に、対人関係に問題のあるクライアントさんは、
カウンセリングルームのなかで、カウンセラーを相手に
その関係を再現することがよくあります。そのことにご本人は
気づいていません。それを気づいてもらうのは、これがまた
結構難しいのですね。辛抱強く話を聴きながら、その折々に
少しずつこちらの気持ちを伝えていくしかありません。
 こういうケースは、かなり根深いところに自己愛の手痛い
傷つき体験があることが多く、クライアントさんは無意識に
それに向き合うことを避けているので、自分と上司との
ぎくしゃくした関係性の後ろに何が潜んでいるのかなどと
いうことには気づきたくないのです。上記のケースも
クライアントさんが母親からいつも美しくて華やかな従姉と
比較されて育ち、今でも拭いがたい劣等感を抱いている、
ということが語られるまでには、相当の年月を要しました。
 このクライアントさんには非常に強い容貌コンプレックスが
あり、ご自身の女性性に対する否定感が、対人関係上の
様々な問題を引き起こしていたのです。よく話を聴いていると、
上司とだけではなく、同僚や後輩とも余りうまくいっていない
ことが明らかになってきました。
 こうした否定感は、気づいたからといって一朝一夕で払拭
できるものではありません。しかし、全く何も気づかずに同じ
対人関係のパターンを繰り返していくよりは遥かにましです。
クライアントさんに力があれば、こういうところまで来ることも
できます。カウンセラーとしても、クライアントの執拗な上司転移
に堪え続けた甲斐もあったというものです。
 でも残念ながら、気づく前に途切れてしまうケースも多いの
です。本当にもう少しのところでするっと身をかわされてしまう
ことが結構あったりするのです。そういうときは自分の未熟さを
棚に上げて、口惜しいような、虚しいような、複雑な気持ちに
なります。そして、そんなえもいわれぬ感情を味わうのもまた、
カウンセラーという因果な仕事の側面なのだろう、と妙に納得
したような気持ちになるのです。
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