想像は体験に如かず

 行ってきました、福生の合宿研修(こちらを参照)。
帰宅して一日をおいた今日になっても、まだ余韻さめやらぬ
気分でこれを書いています。この実感を言葉にするためには、
もう少し時間が欲しいような気もするのですが、今日はとりあえず
体験記録風にまとめてみようと思います。
 初日の10月30日は、午前中にいろいろ仕事を済ませ、
浮かない顔の男Nと福生駅で落ち合い、現地に到着したのが
午後2時過ぎ。事務を取り仕切っている工藤理事長夫人の
説明を受け、館内の設備を見せて頂きました。
 夫人の話によれば、3年前にここを建てる前は、自宅の他に
近所のマンションを借り上げて宿泊施設にしていたそうですが、
莫大な賃貸料がかかるので、地元のメインバンクの勧めもあり、
思い切って5億を投じて建設に踏み切ったとのこと。
補助金などは一切貰っていないとおっしゃってました。
 現在居室は65室、2階と3階を男性が使っています。1階には
事務所や食堂がありますが、その奥の5室が女性用として使われて
います。今までは殆どが男性だったけれど、最近は女性の対象者も
増えてきているということで、受け入れを始めているのだそうです。
女性や高齢者を受け入れる施設は全国にも稀だとのことでした。
 まず驚いたのは居室を含めた設備の完璧さと使用ルールの自由さ
です。各階には浴室、シャワー室、トイレ、乾燥機つき洗濯機が完備、
24時間使用OKで、エアコンと換気扇つきの各部屋にはコンセントが
6個もあり、消灯時刻もない。テレビやパソコンを持ち込めば、自分
だけの城を作っていくらでも閉じこもれそうな感じです。

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 工藤理事長のこわもて風な印象から、規律に縛られた集団生活
を予測して、浮かない顔になっていたらしい男Nも、部屋に落ち着いて
気の抜けたような顔をしている。「ここなら心ゆくまで閉じこもれるなぁ・・・」
と、でももう一つ納得がいかないみたい。私もそれは同じ。「引きこもりから
の脱却を目指しているのに、こんなに引きこもるのに最適な状況をつくって
どうする?!」といった感じでした。
 さてその日は3時過ぎからの「絵画教室」に参加して、好きに絵を
描いたり、習字を練習したり、1時間半くらいの間を楽しく過ごしました。
参加者は私たちを除けばほんの数名。先生も特に指導せず請われた
ときだけ教えるスタイル。びっくりしたのはその中にもの凄く絵の巧い
メンバーが男女一人ずついたこと。男性の方は自分の絵をPCに
取り込んでカレンダーを作ったとのことで、それも見せてもらいました。
女性の絵は独特の雰囲気を持つ魅力的な絵でした。
 初日のカリキュラムはこれであっけなく終了。後は食事をして寝る
だけです。夕食の時間も午後6時~9時と長い。皆それぞれ好きな
時間に来て、並んでいるご飯やおかずの中から、好きなものを
好きなだけ取って食べる。そそくさと来て、そそくさと帰ってしまう人、
誰とも目を合わさず、時間をかけて一人の世界でゆっくりと食べる人、
ペースはまちまち。食堂の一角にある休憩所にはゲームをしたり
マンガを読んでいるメンバーが何人か。
 「できるだけ入居者に話しかけてください」という夫人の言葉を思い出し、
何人かにトライしてみたけど、彼らにしてみれば私たちは異物のような
侵入者。やっと返事はしてくれるものの、怯えた表情になるのを見ると
余り無頓着に話しかけるのもはばかられ、、早めに部屋に引き上げて
長~い夜を過ごしました。
 さて2日目の夜は明けて、朝食の後は8時半から朝礼。これには
殆どのメンバーが出てくるのだろうという私の予想は見事にはずれ、
職員の他に姿を見せたのはほんの5~6名。点呼もなく、出てきた人を
職員が名簿にチェックするだけ。皆勤賞はあるというけど、ペナルティー
は特にない。引き続いて行う館内の掃除、そして「エコ作業」と呼ばれる
資源ごみの分別作業も全てこの朝礼に出てきたメンバーでこなすのです。
 私は掃除のあと、職員さんの運転するトラックに同乗して、女性の
メンバーと3人で回収作業を手伝いました。帰って来ると分別作業です。
アルミ缶をつぶし、ステイール缶と分けて袋に詰める作業ですが、これが
なかなかきついのですね。中身をきちんと捨てていないものも多く、作業所
は魚のはらわたみたいな匂いが充満する。その中で途方もない量の缶の
山と格闘しました。メンバーは皆それぞれのペースで作業をしています。
しゃがみこんで黙々とビンに残った液体を捨て続ける人。ペットボトルを
踏みつけて潰す人。ただ独り言を言うだけの人もいました。
 さすがに11時過ぎに音を上げた私を尻目に、男Nはみっちり正午まで
作業を続けていました。このときばかりは掛け値なしに「偉い!」と思い
ましたね。作業を終えて昼食を取る男Nがちょっとまぶしく見えました。
 午後はサボりを決め込もうと部屋に引きこもっていたのですが、
トイレに降りて行ったところを職員さんにつかまって、「午後からも
よろしいですか?」と尋ねられ、思わず「はい」と答えてしまった私。
男Nは私よりあてにされて、いつの間にか作業に加わっていました。
午後もほぼ午前中と同じ少ないメンバー。職員の方が多いくらいでした。
 缶を潰すには握力が限界になってしまったのでそこは男Nに任せ、
私はペットボトルを踏み潰す作業をしました。これがまた結構大変で、
踏み潰すごとに僅かにボトルに残っている汁が出て床がべとべとに濡れ、
その飛沫で靴が無残に汚れていきます。一段落したところで、大量の
ダンボールをトラックに積み込むのを、若い男性が一人で黙々とやって
いたのでそれを手伝いました。トラックの荷台の方には職員さんがいて、
私たちが運んだのをびっちりと隙間なく積んでいく。潰していないのも
結構あって、トラック一杯のダンボールを積み込むのにおよそ1時間。
3時までやってへとへとになりました。
 終わる頃に一人の女性メンバーがやって来ました。「ヨガ教室に
出たいから時間がない」と言いつつ、初めて作業場に来たという
彼女は、新聞の山をちょっと片付けただけでしたが、これって
すごいことなんだろうな、と思いました。
 何故なら、作業に出るか出ないかは全て自主性に任されている
からです。やりたくなければいつまでも出てこなくても誰も咎めたり
しません。実際食堂の椅子に座って、ぼんやりと作業を窓越しに
眺めている人たちも何人かいましたし、大半は部屋に引きこもって
いるようでした。何しろ片方には引きこもるには最適な環境が整え
られているのですから。
 私たちが体験した作業は、謂わば社会の末端の仕事です。
きついし汚いし、注意深くやらないと怪我をする恐れもある。しかし
それを自主的に出てきてやる人たちがいる。それも昨日まで
引きこもっていた人たちが。進んでやりたいような作業では決して
ないけれど、しかしやる人がいなければ今声高に叫ばれている
「エコ」は成就しない。分別して出せばもう自分の責任ではないと
誰もが思っているだろう、そんなゴミの山の最後の始末を、汚臭に
まみれて自主的にやること、当人たちがそれを自覚しているか否か
に関わらず、そのことの意味は計り知れない、と思います。
 「アウトリーチ」とは「待てない」アプローチだ、という私のイメージは、
この体験で見事に覆されました。ここでは何の強制も規則もなく、
ただただ彼らが自主的に作業に加わってくるのを「待つ」だけです。
どのくらいかかるか、可能性はあるのか、といったことは個々に
違うのでしょうが、ここではそれは問われません。全ての人に
可能性を見て、それを信じているからでしょう。その姿勢は、
先日の工藤理事長との対談で斎藤環氏がいみじくも言っていた
「全ての人には伸びていこうとするエネルギーが眠っている、私は
それが自発的に出てくるのを待っている」という言葉とぴったり
重なります。
 この作業は多分計算されたものではなく、誰もやりたがらない
仕事だからここに委託された、というものだと思います。図らずも
それが自発性を強固に育てる手段として見事な実効性を発揮して
いる、ということに感嘆せずにはいられませんでした。
 翌日の朝、たった1日であかぎれができた指にクリームを擦り込み、
魚の腐ったような匂いが染み付いた衣服を鞄に詰め、ぐちょぐちょに
なった靴をはいて、来たときとは別人のような晴れやかな顔をした
男Nとともに帰途につきました。これほどの貴重な体験は滅多に
あるものではありません。ここに書いたことの他にも、まだまだお伝え
したいことはあるのですが、今日はこの辺にして、明日の男Nの
ブログに譲りたいと思います。
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