野生脳に還れ!

 先日の青少年自立支援センターでの講演で精神科医の
斎藤環氏が、「近頃は何でもかんでも脳のせいだとする
風潮が高まっているから、私たちは新たに『脳至高主義者』
という『敵』と戦っていかねばならない」というようなことを
おっしゃっておられましたが、まあ、「心」などという曖昧な
代物よりは、「脳」というはっきりしたものの方が確からしく
感じられるということはあるでしょうね。
 でもかの神田橋條治先生も「心の病気とは脳の病気である」
ってなことをおっしゃっておられますから、そういう見方は別に
最近に限ったことではないとも思います。斎藤氏の発言は、
物理的に立証できないものを排していく「科学絶対主義」への
反発も含まれていたのかもしれませんが、「敵」とまで言うのは
ちょっと大げさなような気もしました。
 まあ私とて「心の問題」は全て「脳の問題」と言い切られると
ちょっと違和感を覚えないでもありません。ありませんが、
やはり「心」は「脳」と密接につながっているんだろうな、という
気はします。それは私が「心」を抽象的な概念としてではなく、
「身体」という具象を通して感じるからだと思います。
 身体が気持ちよくなければ心も気持ちよくない。
身体の快、不快を感じるのは脳だし、身体が「気持ちよくない」
と言ってるのに「気がすまない」とか、「そうすべきじゃない」とかいう
思考を先走らせて、身体の「不快」を感じなくさせるのも多分
脳の仕業でしょう。
 人間は一人では生きられないから「社会」をつくり、
そこに「文化」が生まれ、その文化に基づく「価値観」が
脳に入り込み、それに伴う様々な感情が脳を支配するように
なった。文化が発達すればするほど人間の脳は不健康に
なったと言えるかもしれません。
 たまたま昨日の日経紙に「脳の健康法」と題するコラムが
載っていたのですが、その記事によると、効果的で最も
始めやすい脳の健康法は、生きるための強い本能である
食欲を利用した「快食療法」なのだそうです。おなかがすいた
ときに好きなもの、食べたい物だけをおいしく楽しく、心ゆくまで
食べる。夜中であろうと健康に悪いものであろうと構わない。
自分が最もおいしいと思う味付けで満足する食べ方をする
のがよいのだそうです。
 思えば最近声高に注意が喚起されている「メタボリック症候群」
に関しても、「一日きちんと三食とる」とか、「栄養が偏らないように」
とか、「脂肪分を抑えて」とか、いろいろとうるさいことが言われて
いますが、そうした現象が起こるのも、人間が「文化的な生物」
だからに他なりません。本能のままに食べている野生の動物には
「メタボ」はいませんからね。身体が必要な分だけしか食べない。
それで十分満足する機能が生まれながらに脳に備わっている
のですね。
 こうしてみると人間の脳というのは、知らず知らずのうちに
相当深いところまで「文化」に汚染されているのですね。 
「食べ物を粗末にしてはいけない」とか、「好き嫌いなく食べなきゃ
いけない」とかという「価値観」のもとに、おなかが一杯になっても
無理して残さず食べたり、嫌いなものも我慢して食べたりしている
うちに、脳がストレスに侵されてどんどん不健康になっていく。
脳が不健康になると身体も不健康になり、心も病んでくる。
「おゝ、悪循環!」ってなところでしょうかね。
 おなかが一杯になっちゃえば、自分がよそったごはんも平気で
残し、一口食べてまずいものには手をつけず、いつも「おいしい
(但し「安くて」がつく!)」を貪欲に追い求めて、皆から「食に
かけては超わがまま」と言われているこの私。
「おかげで脳も心もすこぶる健康!」ってなことで締めたいのですが、
サプリのんだり体操したり、ウエストのお肉にため息ついたりしている
自分を振り返ると、やっぱり汚染されているのを感じてしまいます。
現代人が「野生」を取り戻すのは至難の技ですね。
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