「市民」という陥穽

 またもや月末近くになり、レポート作成に
追われる身となっている。来月は二度目の
スクーリングもあり、模試の予告がきたので
復習にも余念がない。
 昨日はちょうど「少年法」あたりを読んでいた
ところへ、裁判員裁判での死刑判決のニュース。
テキストの筆者は、熱心に少年法の意義と目的を説き、
「凶悪な触法事件は増えているのだから厳罰化は
やむをえない」という世間の論調を無批判に
受け入れてしまうことの軽薄さを戒める論調である。
 ニュースを伝える記事によると、何年か前の
意識調査で裁判官の9割が、「未成年の犯罪は
成年よりも刑を軽くすべきだ」と答えたのに反して、
市民の4人に一人が「成年より重くすべきだ」と
答えているという。
 まあ、市民感覚なんてものはそんなもの。
メディアの報道や世間のムードにすぐ流される。
テキストの筆者はきっと何年も専門に少年非行や
法律を研究している人なんだろうけど、いかに彼が
法の精神を説こうと、根拠あるデータを並べて
厳罰化の無意味さを強調しようと、たかだか3日間
悩んだくらいの「市民感覚」には通じない。
 NHKに「プロフェッショナル」という番組がある。
プロのプロたる所以がひしひしと伝わってくるような
内容に思わず引き込まれてみていることが多い。
 誰もが何かのプロフェッショナルであるのだろうが、
どんな仕事であれ、その専門領域にど素人を参入させて
問題が生じないはずがない。玄人のパターナリズムや
意識の硬直化への警鐘という意味合いを認めてもなお、
裁判員制度には抵抗がある。
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