かれこれ20年余も前のことになるが、
知る人ぞ知る「アグネス論争」というのがあった。
出産後仕事に復帰した歌手のアグネス・チャンが
子連れで仕事場にやってきて、傍若無人に動き回る
子どもの世話をADにさせて平然としているというので、
かの林真理子女史が、「職業人としての自覚に欠ける」
と週刊誌のコラムでかみついた。中野翠も「大人の
世界に子どもを連れてくるな」と援護射撃。
「だって、だって…」と涙ぐむ可憐なアグネス。
意地悪な伯母さんたちにいじめられてかわいそう。
それが大方のオジサンたちの見方。世の女性たちの
物言いも所詮芸能界のゴシップレベルに留まってた。
それが突然上野千鶴子御大の介入で一気に働く女性の
子育て問題へとレベルアップ。アグネスが国会に
呼ばれて「働く女性の苦境」を訴えるところまで
エスカレート。マスコミは彼女をこぞって「働くママ
代表」として持ち上げ、林真理子はやがて沈黙。
それもこれも御大が出張ったからこそ。
今も昔もフェミニズムの大御所はお変わりない。
かくいう私は、「難民の子どもは皆目がきらきら
輝いている」なんて平気で書くアグネスが大嫌いだったし、
フェミニズムを標榜する人たちの持つある種の教条性も
嫌だったから、林真理子に肩入れしてたんだけど、
何せ若かったし、その叩かれっぷりも半端じゃなかった。
今しぶとく生き残っているのはさすがだけれど。しかし、
一方のアグネスも、論争を機に「アイドルから知的タレント」
へと変身を遂げ、世を泳いでいる。こちらもなかなか
したたかである。
さて、今回世を騒がせている「曽野論争」。
「だって、だって…」と泣く子連れアイドルがいないから
ちょっと様相は違う感じだけど、その代わりに「ウワーッ」
と噛みつくネット諸姉の群れ。これ見てると世界の果てまで
フェミニズムは行き渡ったかと錯覚しそうな勢いだ。
しかしこんなことで怯む曽野綾子じゃない。
それは、彼女が今まで書いてきた小説やエッセイを読めば
分かる。自慢じゃないけど、私はほゞ網羅してる。
そしてどんなに騒がれようと叩かれようと涼しい顔を
している彼女が目に浮かぶ。その覚悟がなきゃあそこまで
時流に反したことは言わない。
問題の週刊誌のコラムは、「私の違和感」という
タイトルらしい。曽野綾子は、「制度」や「権利」に
ついて述べたわけではなく、あくまで自分の感覚を
吐露しただけだ。多分それは私が「だって、だって…」
と泣きべそをかいてみせるアグネスに感じた違和感と
同質のものだろうと勝手に思っている。何故なら
私は彼女の物書きとしてのそうした感覚に引かれて
あまたの著書を読んできた愛読者だからである。
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