モーゼの排水口

ワタシは神である。
・・・かのように、男Nには思われているらしい。
男Nの部屋は汚い。
本人にも自覚だけはあるらしい。
ある時から、男Nがシャワーを浴びていると、
ユニットバスの足元にお湯が溜るようになった。
「排水がうまくいっていないのだろう」
男Nは排水口に割り箸を突っ込んでお茶を濁していた。
・・・つもりだったのだが、
溜るお湯の量は少しづつ増えていった。
「おかしい」
ふとトイレの方に目をやると、そちらにも水が溢れていて、
スリッパがまるでノアの箱船のようにプカプカ浮いていた。
「さすがにおかしい」
男Nは意を決して、洗面台の下にある大きめの排水口に手をつけた。
大きめの排水口の蓋は、蓄積されたヌメリがハンパなく、
男Nの力では開けることが出来なかった。
男Nは針金ハンガーを加工し、フックのように蓋に引っ掛け、
思いっきり引っ張った。
大きな音とともに、ハンパなくヌメッている排水口の蓋は開いた。
男Nは疲れた体と萎える心を奮いたたせ、排水口に右手を突っ込んだ。
わんこそば十何杯分かの髪の毛が出てきた。
「これで水が流れる」
はずだった・・・
「これだけやっても水が流れないのなら、
 この部屋にもやがて水が流れ込んできて、
 オレはあのスリッパのようにプカプカと浮かぶんだ・・・」
男Nは途方に暮れ、ウツ状態になった。
そんな時である。ワタシが男Nと出会ったのは。
男Nは近所のスーパーに居るワタシの存在にようやく気が付いた。
男Nは説明書に忠実にワタシを排水口に振りかけ、
30分待ったのち、排水口にシャワーで水を流した。
ドクン・ドクン
手応えのある音とともに、何かが流れ落ちた。
そして何事もなかったかのように、排水口は水を排する口となった。
男Nはまるでモーゼの起こした奇跡を見たかのごとく、
ワタシのことを畏れ敬いはじめたのだが、
ワタシはワタシに与えられた任務を忠実に遂行したまでのことだ。
ワタシの名前はパイプユニッシュ。
髪の毛分解成分66%アップのコピーは伊達じゃない!!
ちなみに男Nは、ワタシの一件で味を占めたのか、
次は「便器の神」を探し求めているらしい・・・
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