恋にもレシピあり

T君とは、高校二年生のクラス替えで知りあった
クラスメイトです。
背格好は私より小さいがややガッシリして、
授業や休み時間の過ごし方を見ていると、
万遍なくスポーツをこなし、理数系に強いものの
そのイメージから少し違う無邪気な面があり、
クラスで目立つタイプとは言い難いが、
私には気になる人と映った。
当時の私はすでに自分のセクシャリティを心得ていたけど、
それを開示できるほどオープンにはなれず、
ただの男子生徒の一人でいた。
私はT君が気になりつつも話すきっかけすらつかめず、
目で追うことだけが精一杯で、
顔と名前と素行を頭の中でしっかりとインプットし、
一学期を終えてしまった。
二学期が始まり、T君とようやく話すことができた。
きっかけは、席替えでT君の友達が私の隣の席になり、
その友達と話し始めたことから、
いつしかT君と話せるようになったのだ。
最初に何を話したかは思い出せないが、
話せたときのドキドキ感は薄く残っている。
話す内容といえば、私が興味のない音楽やアニメ、
スポーツ、テレビゲームのことばかりで、
私はT君と話したいがために「うんうん」と興味があるように聞き、
時にはしたくもないゲームをやって、話を合わせようと努めていた。
私はただただ、話せればという想いしかなかった。
しかし、話を合わせようと努めれば努めるほど、
私のT君への想いが高まるだけで、
それを口にすることは断じてできない、強いものになっていった。
そんな私をよそに、T君は次第に女の子のことを話しはじめてきた。
T君は当たり前のように「あの子かわいいよな」とか
「おまえはどんなのがタイプ?」と、聞いてきた。
私は多分、あまり好意的に話を聞いていなかっただろう。
そんな気持ちとうらはらに、私は「この子いいよね」と言ったり、
わざと女の子に近づいては「今度あそぼう」と誘ってみせたり、
時にはT君が関心のある女の子に声をかけ、
Tくんとその女の子がデートできるようにセッティングまでした。
「おまえ、根性あるなぁ」なんて言われるのも、
ゲイ特有の女の子との関わり方が功を奏しただけで、
私はT君との仲を深めたいからこそできたにすぎない。
そしてT君が女の子に断られるのを知ると、
それもそれで私は「残念だったね」とすました顔で、
心では喜ぶのだった。
こうしたアンビバレンツな心模様は、
このとき既に身につけていたのかもしれない。
そうこうして2学期末頃のある日、
T君は私の家へ遊びに来てゲームに夢中になり、
気づいたら遅い時間になっていた。
別に帰って帰れない距離でもないのだけど、
私が執拗に引き留め、泊めることになった。
私の部屋にT君用の布団を敷き、私はベッドで眠った。
団地住まいの家では、何かあればすぐわかってしまうにも関わらず、
ゲイの男として、そして性の男として私はT君を意識し、
宵のうちにその衝動を行動として現した。
T君は無邪気に拒否した程度で、それでも受け入れた。
その日以降、学校ではいつも通りに振る舞うも、
二人で遊ぶとなると「カラダ」というものがついてきた。
このことが、かえって私を不安へとかきたてた。
私は「好きだ」と言わなかったかわりに、
なぜ受け入れたのかも聞かなかった。
それは私がゲイで、T君が女の子が好きであることに他ならない。
受け入れた以上、T君がゲイの可能性もあるだろうし、
私も一度は「好きだ」と言ってもよかったのかもしれない。
でもそんなことができれば、
私はとっくにセクシャリティを開示して、T君だけでなく
学校でもゲイとして振る舞えたはずだ。
それができなかったからこそ、
興味のない話を合わせたりしてきたのだ。
臆病という卑怯さは、このときからなんだろう。
しかしそんな関係も長くは続かず、
あるときT君本人から迫っておきながらも急に態度を変え、
「やめよう」と言われてしまった。
途方に暮れた私は、言うがままにしたのだ。
そして3年生のクラス替えで離れるとよそよそしさが増して、
交流もなくなっていった。
T君との場合、私はセクシャリティのハードルを感じただろうし、
仮にそれがクリアされても、T君をどう好きだったかわからない。
T君は、私が手に入れたくて手に入らないものを持っている気がして、
それをカラダを通じて私のものにしたかったのかもしれない。
もしかしたら、カラダだけでよかったのかもしれない。
逆に、T君が私をどう見ていたかもわからない。
一時期の興味で私を性の対象と見たにすぎないのか、
もしかしたら本当はゲイなのかもしれない。
私の恋愛は、今でもそんな憶測から自問自答するのだから、
高校時代とそんなに変わりないなと嫌なほど気付かされます。
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