今回はある青年アスリートの物語である。若干22才、プロ一年目の新人ゴルファー。名を平本世中(せじゅん)という。
韓国人の母と日本人の父を持つハーフである。
彼の話を初めて聞いたのは3年前、旧知のT氏からであった。T氏(※1)は介護施設の経営者で、筆者が主催するグループワークに参加して交流分析に興味を持ち、施設でも再々開催、自身も熱心に勉強して経営や人事管理に活用するようになった。そのうち趣味のゴルフにも応用、筆者らにも協力の要請をしながら、様々に活動を拡大させる途上で出会ったのが世中君だったというわけだ。
「19才、将来有望な大器を見つけた!」と、T氏は興奮気味に筆者に告げた。
「これからどんどん成長しますよ。」
こういうときのT氏は無敵だ。
自身の眼力を確信して疑わない。
こうして世中君との二人旅が始まったのである。
だがまだこの頃の彼は、海のものとも山のものとも分からない。エゴグラムをとるとFC(自由な子ども★)マックス、A(成人★)は平均以下。エネルギーは旺盛だが、それを導く論理性、客観性は心もとない。「Aはどうしたら上がりますか?」と問う彼に、T氏はこう答えた。
「どんなにつまらなくても大学の授業をちゃんと聴くことだ」T氏を信頼する世中君は、言われた通りにしっかり授業を受けるようになり、Aを少しずつ上げていった。
世中君がCSNに現れたのはそれから数年後のことである。彼は、大学卒業を目前にしてQT(試合に出るための資格をとる予選会)をファーストからファイナルまで(全4試合)勝ち上がり、953人中の36位の成績でいよいよプロとしての試合に臨まんとしていた。その前に現在の彼の内に潜む心理的課題を洗い出しておきたい、というのがT氏の意向であり、本人の強い要望でもあった。
T氏から実施の要請があったのは、TATという投影法の心理テスト。
T氏自身も以前受検し、TA講座を受講する従業員への実施も依頼されたことがある。当方にとっては経験値の高いテストでもあり、エゴグラムとバッテリーを組むうえでも適していると思われた。
何より脚本分析の手がかりを多く得られることが期待された。
実施の結果は、期待通り、心理的な癖が身体的な傾向や行動パターンにつながっていること、怒りやコンプレックスのありよう、家族や友人そして異性との関係の持ち方や考え方…等々を彷彿とさせるものであった。一番大きな課題は、自身へのゆるぎない信頼をつくること。
そのためには、横溢するエネルギーを自在に繰る強靭なメンタル力が必要だ。
多くの気づきを得て彼は今年の4月にプロへのスタートを切った。
しかし「脚本」(★)の魔の手はそうやすやすと彼を手放しはしなかった。レギュラーツアーデビュー戦から3戦続けて予選落ちを喫したのである。
「こんなんじゃだめだ、もっとしっかりやらなきゃ」
焦れば焦るほど「成功するな」の禁止令(★)が心をよぎる。何とか振り払おうとして、「急げ」「完全であれ」のドライバー(★)に駆り立てられる。どうにも抜け出せない負のループに嵌ってしまった。
「上手くいかないのは周りのせいだ!」と、T氏や環境のせいにして現実逃避。
6月には「プロゴルファーを辞める」と言い出した。T氏は何も言わずに放っておいたと言う。畢竟、苦しんで苦しんで、考えて考えて、その挙句に答えを出すのは自分でしかないのだから。
転機は予め定められていたT氏との北海道合宿だった。10日間に渡るその夏季合宿で彼は徐々に調子を上げ、脚本から脱していった。地の底をのたうち回って這い上がった彼は、また一つAの値を上げた筈だ。
こうして迎えたプロデビュー以来4戦目の「フジサンケイクラシック予選マンデートーナメント」。彼は見事一位タイで出場権を獲得し、石川遼選手などビッグネームも登場する伝統ある大会への出場を果たした。本戦はTVでも生中継された。
4日に渡る本戦で、世中君は4位と好発進だったが、日程が進むうちに順位を落とし、結果は60人中30位。
「今の彼の実力通りの結果だが、試合ごとに課題が見つかり次の試合で改善されている。伸びしろしかない状態」とT氏は言う。
今回優勝を果たして賞金の2200万円を手にしたのは、大西魁斗選手。
世中君とさほど変わらぬ23才の若きエースである。然れど2位の朴選手は39才の熟年選手。ゴルフは息の長いスポーツだ。22才の前途は無限の可能性に満ちている。心の隙間に忍び寄る脚本をその都度しっかりと跳ね除け、屈することなく踏み越えて進んで欲しい。(S.K)
※1文中T氏とあるのは、世中君のメンタルトレーナーである竹井隆一氏のことです。
※2文中のTA(交流分析)用語(★印)については、HP内「交流分析について」を参照してください。