刺激的な放送授業

 放大大学院の放送授業が粛々と進んでいる。
以前にも書いたように、今は放送日当日に視聴
しなくてもネット配信で好きな時に好きなだけ
聴けるのだが、そうなるとBDの録画リスト
みたいに知らぬ間にたまってしまっちゃうんじゃ
ないかと危惧し、できるだけオンタイムで
ラジオを聴くようにしている。
 私が取っているのは「臨床心理学特論」と
「臨床心理学研究法特論」の2教科。後者は
2単位なので週1の授業だが、前者は4単位なので
週に2回、それも週末に固まっている。時間は
朝の8:15分~9:00。さあ、今日もコーヒー入れて
スタンバイ。
 今日は7回目の「こころのはたらき①─
無意識の発見」。担当は大場登教授。テキストは
斎藤髙雅教授が執筆しているのだが、放送授業は
違う教授が行う。これって「放送大学としては
画期的な試み」なんだって。大場教授が冒頭に
そうのたまった。なんだかちょっとワクワク気分。
「画期的」って、期待させる言葉じゃない?
 それがまた、期待に違わぬ名講義。
テキストではフロイトの無意識論が中心だった
んだけど、何せ大場先生はユング学者だから、
ユング的視点から「無意識」を説明。
コンプレクスは「劣等」や「エディプス」の
他にも沢山ある。「母性」「父性」「兄弟」
「姉妹」「異性」etc,etc…有名な「原型」って、
この「コンプレクス」に通じるものだったのね。
ナ~ルホド!
 教授はコンプレクスを「心の中の渦」と表現。
幼い頃に人はその渦をつくり、それを一生抱えて
生きていく。渦の中心は激しく逆巻き、うっかり
そこに触れようものなら、人は逆上したり、堅く
防衛したりする。
 特に「権威コンプレクス」の男の話は面白
かった。このコンプレクスを持った男はどうも
職務質問なんかに遭い易い。警官などの権威の
象徴に出会うと心の渦が刺激され、権威への
憧憬と反発が過剰に不自然に湧きあがり、それが
オーラのごとく表面に漂い出る。何故だか動き
がぎこちなくなり、思わず警官がとがめたく
なるような言動をしまうというわけだ。
 無意識はその当人を苦しめる。
しかしカウンセラー側から見れば、それはその人に
とって意味のあることでもある。カウンセラーは、
その人とともにその意味を解きほぐしていくのが
仕事である。教授はカウンセリングもしておられる
そうで、30代の人なら30年、40代の人なら40年以上
もかけてつくりあげたものを解きほぐすには、同じ
くらいの時間がかかる、それでもできるかどうか
分からない。カウンセリングというのはそれほど
因果な仕事なんだから、これからやろうとする人は
よくよく考えた方がいい、などとさらっとおっしゃる。
 そういえば、我がCSNの高瀬講師も
カウンセリングスクールの入学式ではいつも
「因果な世界へようこそ」と皮肉まじりに
挨拶してたっけ。確かに長年やってくると
そういう感じがとみに強くなるのよねえ…。
 そして講義の最後の締めくくり。
大場教授はこんなことをおっしゃった。
「こういうことを行政はまるで理解していない。
行政の役人というのは2~3年で異動になる。
たった一人に何十年もかけるのはひどく
不効率だという言い方をするが、それは
人の心に対する冒涜だ、と私は思います。」
 いや~、確かにこれはテキストにゃ書けない。
執筆者と講演者が違うのが「画期的試み」って
こういうことだったのね!なんだかちょっと
ドキドキした。私の中の「心の渦」が逆巻いた
気分。これって、何コンプレクスかしらね。
 
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