花魁になりたい
男Nの「ナポレオン」に続く意味不明なトラックバックwwそれはさておき、もう何年も前になるだろう。とあるゲイバーで飲んでいるとき、隣に座った見ず知らずに人に「あなたの前世は花魁でした、だからこの新宿の街にも縁があるのです・・・」そのときは、あまりにも唐突すぎて「はぁ・・
男Nの「ナポレオン」に続く意味不明なトラックバックwwそれはさておき、もう何年も前になるだろう。とあるゲイバーで飲んでいるとき、隣に座った見ず知らずに人に「あなたの前世は花魁でした、だからこの新宿の街にも縁があるのです・・・」そのときは、あまりにも唐突すぎて「はぁ・・
地球は自分を中心に廻っているそんなことは、社会現象や政治の立場で捉えればそんなことはないのだけど、でも日常の生活では、それほど否定することではないのだろうか。。。自分自身、この世に誰一人同一人物がこの地球上に存在していなく、自分自身を他者の目で自分自身を見ることができな
先日のブログで、男Nに「405は地下鉄が好きだよね」と言われた。確かにそうだ。一人暮らしを始めてからの大半以上は、地下鉄沿線に住んでいる。地下鉄の魅力。それは地上にある景色や季節感をもなく、時間の感覚も時としてわからず、ただ無機質な駅構内やひたすらに暗黙を走る電車
エンカウンターとの出会いは今から5年前、あのときも今頃の時期だった。当時はまだサンプラザ相談室主催のワークで、自分は通い始めて2年目にしてようやく重い腰を上げて参加したグループワークだった。あのエンカウンターでは見知らぬ他者へ初めてカミングアウトをし、これをきっかけに
ブランドものに目がない時期がありました。小物はフランス、洋服はイタリア そういや髪形や身体にも金をかけていました。美容室は原宿、身体はスポーツジムでボディをつくるライフスタイルもお洒落かつ派手に。住まいは世田谷一等地、行きつけのバーではボトルキープ 夜の展開はスリリ
ここに三つの単語があります。主観、客観、傍観それぞれの意味考察は避けるとして、自分にはこれらの単語が時として混在し、不明瞭になることがあります。例えばある物事を捉えるとき、主観なら自身の価値観や経験に基づいた立場で判断し、客観なら物事を第三者の立場で見て判断し、傍
ようやく梅雨らしくなってきた今年、毎年うっとおしいと感じ、気分が滅入るのですが、今年の梅雨はなんだかいつもと違っています。思えば年頭の引越しから始まり、短期の派遣、ブログのレギュラー、両親へのカミングアウトと目まぐるしい日々でした。気持ちもそれに比例するかのように起伏
友達という言葉、どうも馴染みがないというのか、馴染めない。確かに自分には、友達が少ない。 いや、いないに等しい。かと言って、いないからどうのということはない。まがいなりにもそういう「友達」がいても、自分は「友人」と呼ぶ。別に「友達」という存在や、言葉に罪はない。使い
自分はセックスが好きなのか。そうなんだ。そうかもしれない。そうではないのかもしれない。そんなことはない。ただ、自分が「あぁ、男なんだ」と思うのが、ある基準をセックスに求めるところ。そのある基準とは、、何かしらの欲求の高まりを感じる時に、セックスがある。おそらく、
東京は広いのか狭いのか、なんて地理的なことを考えるより、過去に好きなった人との関わりのある街を基準にすると、情緒的な感覚を持って狭いなと感じてしまう。このあいだ、CSNの会合で鷺ノ宮へ出かけた。鷺ノ宮へ行くには、自分の住んでいるところから、とある街を乗り換えがてら通過